文化の発信、地域のにぎわいづくり、共生社会の手作りイベント応援します。人と地域を結ぶLLP YUI企画
イベント情報 インフォメーション これまでの活動 YUI企画とは まちネタコラム メンバー紹介 リンク集 お問い合わせ



縁のかけはし〜高級塗り箸をご提供します







出版ネッツ関西 いちもくセミナー開講中

震災ボランティアを志す皆さまへ。[マンガ・愛ちゃんのボランティア神戸日記]
LINKS
ARCHIVES
【遣唐使が持ち帰った菓子の源流〜住吉大社】

「餢飳」「糫餅」

なんと読むでしょう?難読漢字の最たるものですね。

「ふと」「まがり」

読み方はわかりましたが、ではそれは一体何?

それは下の画像のものです。
左が包装されたもので、右が中身です。

   

そう、これはお菓子なんです
茶色の餃子のようなのがフトで、その下のレンズ形がマガリです。
(ウサギはご愛嬌)

由緒によると、遣唐使が唐から持ち帰った食品
日本のお菓子の源流となったものだそうです。

小麦を練って作られているのですが、
当時わが国は砂糖とともに小麦は希少な存在で、
国内で生産する際は米粉を使ったそうです。

住吉大社の禰宜さんのお話では
ひょっとすると、大陸では揚げていたのかもしれないということでした。

この食品は各地に伝播され、奈良の大神神社では
三輪素麺として発展していったらしいです。

気の遠くなるような伝統の食品ですが、
現代人の味覚にはちょっとあわないかなということで、
住吉の和菓子店・末廣堂にてお汁粉として仕立て直して
復刻しています。

ただし神饌として出される程度で市販はされていません。

この”フト”と”マガリ”は、5月3日実施の
大阪あそ歩2011春・まち遊び企画「住吉大社1800年の歴史を味わう!」

提供される予定です。

お楽しみに!
| 耳よりまちネタ | 10:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
【いよいよ大詰め阿部野再開発〜阿倍野・天王寺ターミナル】

私は毎日の通勤途上、阿倍野・天王寺で電車を乗り換えます。
ご存知の通り、この地区は再開発の真っ最中です。
開始から30年もかかったこの事業も急ピッチで最終段階に入っています。

このたびあべのキューズタウンと名称が決まった商業施設も、
その北側に隣接するホテルが入ったタワーマンション
その輪郭をあらわにしてきました。来春の開業です

あべのキューズタウン

続きを読む >>
| 耳よりまちネタ | 12:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
住吉界隈情報 〜NHK朝ドラ〜
は〜い!はるちゃんです〜

 ご無沙汰している間に月日が流れ、暑い暑い夏にやっとおさらば
できそうな季節になりました。

 さて、私、日頃から決してNHKの朝ドラにはまっている
わけではありませんが、先月終わった「ゲゲゲの女房」には、
うっかり見始めてしまって・・・ところが面白くて止められなくなり、
とうとう朝もお昼も毎回涙ポロリして見終えたのです。トホホ

次回はもう決して見ることはないだろう。なんて思っていたら、
なんとその次回作「てっぱん」が、我が家の目と鼻の先で撮影
やってたんです!!それにもう偶然に2回も遭遇してしまった
のですから、ドラマを見ないわけにはいきません。

うきうき見ると初回からテレビを観てみました。
すると早速、映ってました!阪堺線「帝塚山四丁目」の駅に
チンチン電車が入ってくる場面。
たぶん、大阪での中心人物の住まいはこの辺りが設定なのでしょう。
現実の風景とスタジオのセットがうまくつながっています。
その次に商店街と神社が出てきましたが、実際にはその辺りに神社は
ないのです。
いったいどこなのかしら?王子商店街のあたりかしら?
でもそんな名前の神社は・・・判りました!主人が言うには豊中に
あったそうな。

面白いですね〜。回を重ねて観てると様々な場所がうまくつながって構成されています。
これからも楽しみです拍手ちょっと違った視点から、朝ドラまた続けて観てしまいそうです。

いつもの見慣れた風景になにやら不思議な人達が

 ヒロインの女の子は何を語るのか





| 耳よりまちネタ | 14:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
【住吉を歩こう〜住吉の人】
住吉の人はとにかく話好きです。たらーっ
土地の話を伺っても、最初は詰まらなさそうに
「こんなまち、何も話すことなんかないわ」
と横を向くのですが、

ポツリ、ポツリと話し出すと
話が終わらない。

次から次へと出てきます。
何せ、歴史がとてつもなく古いまちですから。

※3年後、住吉大社は鎮座1800年を迎えます。
1800年ですよ!古都京都も比べ物にならない!びっくり

遂には「住吉の歴史を語ると日本の歴史が語れる」とまで言う始末。
放っておくと1時間でもしゃべり続けます。

確固とした地元に対する誇りが感じられます。

大阪あそ歩の住吉ツアーでは、
限られた時間ながらも、
地元の人との触れ合いの機会を設けたいと考えています。

閻魔地蔵堂のおばちゃん、池田屋本舗のご主人、
或いはお勧めの店での会話など楽しんでいただけたらと思います。

閻魔地蔵堂のおばちゃん

先日は生根神社で、七五三に合わせた地元青年会による
獅子舞の奉納があり、我々一行に特別に披露していただきました。日の出

獅子舞の出迎え

こんな楽しみもまち歩きで体験されてみてはいかがでしょうか?
ただし、くれぐれも切り上げるタイミングを見計らうように。

大阪あそ歩

住吉周辺の飲食店

住吉信仰―いのちの根源、海の神
真弓 常忠

住吉大社
住吉大社

大阪市ゆとりとみどり振興局
| 耳よりまちネタ | 16:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
【住吉を歩こう〜国産ウィスキーの起源はこのまちから】
摂津酒造”といっても
もはや知ってる人は少ないでしょう。
はい、私も最近知りました…

戦前は神谷酒造、大日本製薬と並び
三大アルコール製造会社と称されていたそうです。
1964年に寶酒造(現宝ホールディングス)に吸収合併されました。

同社の所在地が阪堺上町線の神ノ木駅近くでした。

この摂津酒造で国産のウィスキーを生産しようという計画が持ちあがったのは1918(大正7)年のことでした。

当時、日本国内で製造される洋酒は蒸留アルコールに
風味を加えたイミテーションが主流でした。

そこで摂津酒造社長の阿部喜兵衛は純国産のウィスキーを製造することを決意、社員で後に「日本のウィスキーの父」と呼ばれるようになる
竹鶴政孝をスコットランドに留学させます。

竹鶴は本場スコットランドでウィスキーの製造技術を学んで帰国します。

しかし、わが国初のウィスキーは住吉の地では作られませんでした。
世界恐慌の波をかぶり、会社はそれどころではなくなっていたのです。

結局、竹鶴は摂津酒造を退社、次に声を掛けてくれた鳥井信治郎が経営する
寿屋(現サントリー) に入社して、山崎の地にて国産第1号のウィスキーを開花させます。

後、竹鶴政孝はサントリーを退社、北海道に渡り
余市の地にて大日本果汁を設立、新たな洋酒作りに挑みます。
それが現在のニッカウヰスキーです。

いわば、日本のウィスキーの歴史そのものの人生を歩んだ人ですが、
自分をスコットランドに送り出した摂津酒造の阿部社長への恩義は特別なものがあり、生涯感謝の念を抱き続けたということです。

もし世界恐慌の影響がなかったら、今頃住吉が国産ウィスキー発祥の地と呼ばれていたかもしれないなどと考えると、不思議な気がします

現在、摂津酒造の跡地には団地とビルが建っています。

  11/11 山崎工場竣工の日に

ヒゲのウヰスキー誕生す (新潮文庫)
川又 一英

日本のウィスキー
| 耳よりまちネタ | 14:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
【住吉を歩こう〜祈りのまち】
「大阪あそ歩’08秋」での住吉のまち歩きのタイトルは
「祈りのまち・住吉」です。

住吉というと、”住吉さん”こと住吉大社が有名ですが、
この”住吉さん”を取り巻くまちも神社仏閣がたくさんあります。

住吉の古い町並みが並び、
大阪市のHOPEゾーン事業に煮指定されているエリアには、9つもの寺社があり、それぞれまちの人の深い信仰を集めています。

私が住吉に住むようになって気付いたのは
寺社の数と、辻々に建てられた祠の多さです。

このまちでは毎日朝夕を問わず、
これらの前で手を合わす人の姿が見れます。
信仰がしっかり地域に根付いているのでしょう。

その名もおどろおどろしい六道の辻に立つ閻魔地蔵堂
閻魔地蔵堂

裁きの閻魔大王と救いの地蔵が一緒になったという発想の大胆さが
面白いです。
ここに行くと、堂守のおばさんがいつもニコニコ出迎えてくれて
ヤクルトやアメをくれます。

一つの岩から切り出したといわれる十三仏を祀った宝泉寺
幽霊の片袖伝説の発祥のお寺でもあります。
十三仏

聖徳太子創建といわれ、何故か赤穂浪士の墓がある一運寺
空海や最澄、法然・親鸞といった歴史上の著名な高僧も訪れています。
大石親子の墓


地元では、”住吉さん”、”生根さん”、”大海さん”と並んで称されているのは
生根神社と大海神社。

生根神社は別名「奥の天神」。境内に菅原道真を祭った天満宮があります。
拝殿は淀殿の命を受けて片桐且元が建立しました。

生根神社

神社の起源は住吉さんより古いとか。
住吉のまちの氏神で、私たちは生根さんの氏子です。

大海神社は住吉さんの敷地内にあります。
海幸・山幸を祀っています。
本殿は住吉さんと同じ住吉造です。

大海神社

地域の信仰としてもう一つ抑えておきたいのは
初辰まいりのこと。

毎月の辰の日に、住吉さんの末社である
楠珺社、種貸社、大歳社、浅沢社を巡拝します。

特に楠珺社は”はったつさん”と呼ばれ
ここで手にする招福猫は月参りのしるしとして親しまれています。

月に1個、4年お参りを続けると48個の招福猫を手にするのですが
このときに商売繁盛・家内安全の満願成就の証として
すべて神社に納め、代わりに大きな招福猫を受け取ります。

このような風習が息づいているのも
住吉ならではのことです。

はったつ猫
| 耳よりまちネタ | 16:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
名前も知らない花
こんにちは。あかまつです(´。`)ひさしぶりです。
ちょっと(かなり)お疲れモードです。今日は、園田周辺の街並みについて書いてみようかな・・・。園田って皆さんどんなイメージですか?
競馬場・アマ(尼)・ガラ悪い。の三点セットですよね(^o^)。
私もそう思っていました(‥;)でも、違ったのです。園田って緑があって川があって、遊歩道があって、地主街で、閑静な街なのです。私たち夫婦は、縁もゆかりもない街ましてや共働き。住んでいる巨大マンションには、知り合いもいない。夜ご飯食べに出て地元に人と仲良くなり、話していると、なんと、殆どの人が、家賃収入で暮らしているのです\(◎o◎)/!
そんなこととは無縁なあかまつは、最近、ぶらぶら猪名川や藻川を歩きます。草花にかなり疎い私は、川縁で咲く花を眺めたり、川をぼーっと眺めたりしています。
いつも、駆けているあかまつは、名前の知らない花に癒やされている今日この頃です。

そうそう、淀川の花火大会は私のマンションのベランダからみることが出来ます(^。^)。
引っ越して2〜3年はよく、バーベキューをしながら、見ていました(^^ゞ。
| 耳よりまちネタ | 13:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
【ビリケン100周年!くいだおれ太郎は?〜新世界・通天閣】
どーも、shigeです。

今年もあっという間に5月連休が終わってしまいましたね。
皆さんどのようにお過ごしになられましたか?

とっきーさんも書いてくれましたが、
前々からネタを振っていた泉佐野のイベントが終わりました。魚
夜の能上演は満員御礼でしたが、まち歩きはもう少し来ていただきたかったです。中身が結構面白かったですから。

当日のレポートをアップしていますので、どんなんだったかはこちらをご覧ください。
●泉州さの町場と新旧アートに触れる旅 〜能楽師と行く和泉めぐり

 
続きを読む >>
| 耳よりまちネタ | 15:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
【いざ出陣!真田丸〜その後】
大阪名物のコレ↓


くいだおれの店が7月に閉店だそうですね。びっくり
新聞記事

私もガイドコースの定番として欠かさずツアー客を連れて行ってますが、
知名度の割りに店で食事をされる方っていうのは少なかったようです。
くいだおれ太郎君はどうなっちゃうのでしょうかね?しょんぼり




続きを読む >>
| 耳よりまちネタ | 07:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
市民の手で再生・存続!『和歌山電鉄貴志川線』視察レポート
1月20日は一新塾OBで和歌山県農林水産部「ふるさと推進課」の谷脇課長のご好意で、一新塾の関西塾生ら8名と、見聞を広めるため、ユニークな電車を走らせ遠方から集客効果抜群の「和歌山電鉄貴志川線」とその終着、貴志駅の”たま駅長”に会いに行ってきた。
たま駅長

2007年1月5日から三毛猫の「たま」(雌)が駅長に就任!
主な業務は「客招き」、報酬は年俸としてキャットフード1年分、
任期は終身雇用である。
猫に駅長を嘱託した例は日本の民営鉄道では初であるそうな。


おもちゃ電車おもちゃ電車
おもちゃ電車おもちゃ電車

あいにく”たま駅長”は日曜日で非番で会えなかったが、写真にあるように『おもちゃ電車』に乗ってきた。この車両は、TJホールディングという地元のおもちゃネット通販会社が、世界に例のない内装までトータルデザインした全面広告ラッピング電車に2000万円わかやま電鉄に寄付投資したもので、木のショーケースにおもちゃがずらり!ガチャガチャ (カプセルに入ったおもちゃ販売機で、台あたりの売り上げが日本一だそうです。)や、赤ちゃんシートなど・・車内では驚きの連続だった。
他にシートがすべてイチゴ模様の「いちご電車」も可愛かった。
いちご電車

おもちゃ電車

その後、わかやま電鉄の渡辺常務取締役と、わかやまNPOセンターの志場氏に、鉄道事業存続のいきさつとその内容についていろいろ伺った。
(→その様子は最後の写真)



元来、貴志川線南海電鉄が経営していたが、
南海本線とは接続しておらず(JR和歌山駅と接続)
95年ごろから並行して走る産業道路やトンネルの開通で客数は減少。
04年8月に南海が貴志川線から正式に撤退表明。
沿線自治体などでつくる対策協議会のアンケートでも
利用者のうち47.9%が「貴志川線以外の交通手段がない」ことから
住民運動が本格始動、NHK「難問解決、ご近所の力」の世論喚起の支援もあった。

和歌山市の新運営主体公募に向けたシュミレーションに沿った条件提示に対し(運営補填の枠組み⇒行政側が土地を保有し、新しい経営主体が運行を受け持つ)、最終的に岡山電気軌道(両備グループ)が名乗りを上げ、南海電鉄に代わり、和歌山電鉄が設立され、そこに運営委託された。
(06年4月1日運行開始)

両備グループの総帥、小島社長は57の会社を持ち
「公共交通機関を残したい」との強い信念をもたれている。

新会社の経営方針は以下のとおり
(1)少数精鋭
 (大手は人件費高い、運営体制を南海の55人→36人に縮小)
(2)慣行を抜本的に変える
(3)ペパーワークなど不要なものを捨てる
(4)当たり前のことを当たり前に!
  Ex;乗客に「ありがとうございます」etc
(5)サービスを提供するだけではダメ!客の喜ばれることをしよう!
(6)自家用車・バイク・自転車は敵ではない!⇒それらとの融合
  Ex;駅のターミナル化
(7)当たり前の営業努力を!
  Ex;時刻表が変わったら客に届ける
  Ex;定期券が切れる時期のお知らせ
(8)再生ビジョンを練る!
(9)美しい路線に!
※当初、年間5億の赤字(人件費が大半)
 →単年8200万の赤字へ圧縮(この分は行政からの補填でチャラ)
※開業投資7000万は依然回収できてない。
 But昨年は売り上げベースで10%アップ⇒今後10年以内で何とかなる
 ・・・とのことです。
※最後に《地域密着型電鉄》として特筆すべきことは、
 毎月、地元のNPO・市民らと定期的に運営委員会を開催し
 沿線住民の意見を絶えず吸い上げているとのこと。

他に、和歌山大学学生と社会人共催にてのオープンカフェ
おどるんや〜紀州よさこい祭り」の取り組みなどなど・・
和歌山が市民・行政・NPOが良い関係で街づくりを進める
基盤ができていることを強く感じた1日でした。

アジア人である私の眼からみて、和歌山の産官学民いったいとなった
取り組みは「さすが先進国、日本!」
そして大阪人としての私からしても「先進地域、和歌山!」として
学ぶべきことが大いにあるし、
これはひとえに”地域プロジューサー”として活躍されてきた一新塾OBの谷脇氏とその仲間の方たちに負うところが大きいのであろう。

わかやま電鉄本社

たま駅長1
たま駅長2
いちご電車1
いちご電車2
おもちゃ電車1
おもちゃ電車2
和歌山ラーメン
| 耳よりまちネタ | 21:43 | comments(1) | trackbacks(0) |
| 1/2PAGES | >>