2009.05.07 Thursday
【大阪あそ歩レポート/老松町・阿倍野・千林・寺田町…】
大阪あそ歩では自分がガイドする住吉・帝塚山以外にも、
ガイドの向学のため、他のコースもいろいろ参加しています。
あわせて、大阪市内の多彩な地域の魅力を再発見しています。
今回はオープニング以降、私がツアー参加者として歩いたコースをレポートします。まずは前半戦です。
○老松町
老松町といえば、知る人ぞ知る骨董品店、古美術店が立ち並ぶまち。
ご案内するのは、地元をよく知る松本直子さん。
松本さんになぜ老松町に骨董美術の店が集まるようになったかお聞きしました。
ガイドの向学のため、他のコースもいろいろ参加しています。
あわせて、大阪市内の多彩な地域の魅力を再発見しています。
今回はオープニング以降、私がツアー参加者として歩いたコースをレポートします。まずは前半戦です。
○老松町
老松町といえば、知る人ぞ知る骨董品店、古美術店が立ち並ぶまち。
ご案内するのは、地元をよく知る松本直子さん。
松本さんになぜ老松町に骨董美術の店が集まるようになったかお聞きしました。
それは、戦後まもなく、平野町から美術商の平野古陶軒が移転してきたことに始まります。やがて平野古陶軒の弟子筋の美術商が付近に店を構えるようになります。そうすると相乗効果で、古美術のまちが出来上がったということです。
まずは、平野古陶軒の店舗があった場所に建つ和泉玉箒堂へ入りました。
この店も平野古陶軒の弟子筋です。
その後は多くの名店の中からピックアップした店を巡りました。
ちょうど、老松古美術祭が開催されている最中で、
普段は静かな商店街に、多くの人が訪れていました。

帝塚山画廊ではミニ古美術セミナーが開かれました。
この建物の5階のお茶室も素晴らしいもので、隠れた名所といえます。
私としては店名の帝塚山の謂れが気になって
画廊の社長にそのわけをお聞きしましたところ
以前は帝塚山の姫松駅付近にあったのを移転してきたということでした。
○阿倍野
ガイドは難波りんごさん。
阿倍野区も住吉区と並んで歴史が古いまちですが
まずは現代・将来の阿倍野を知ってもらうということで、
再開発地区から出発しました。
あまり知られていませんが、ここには市立の防災センターがあります。
震度7の巨大地震の揺れを体験し、防災への意識を高めてもらいました。

難波さんから古代からの上町台地を中心とした大阪の歴史と
その中での阿倍野エリアの位置づけについての概説を受けた後、
名所・旧跡を巡りました。
阿倍野墓地、聖天山、松虫塚、安倍晴明神社、阿部王子神社と続きます。
安倍晴明神社では、なにわの語り部が登場。
大阪あそ歩のチーフ・プロデューサー茶谷幸治氏でした。
茶谷さんには、安倍晴明にまつわる伝承を情感たっぷりに
語っていただきました。

○関目・千林
旭区を案内してくださったのは浜田容子さん。
市民サークル「ドキドキ考古学」の代表や、城北市民学習センターでもご活躍中の方です。
今回のルートのポイントは京街道。
大阪・京都間を結ぶ街道沿いに発展してきたまちとしての
関目・千林です。
実は私の親の実家は旭区大宮で、千林に隣接しているまちです。
ですから、子供の頃から何度となく訪れているまちだったのですが、
浜田さんの解説は初めて聞く話ばかりで、新鮮な驚きでした。
歴史的な謂れと商店街の名店めぐり。
お得感たっぷりのまち歩きでした。

↑こちらなどは地元で50年続くアイス最中の老舗の角屋さん。
私も口にしたことがあるはずですが、店の正確な場所を今回初めて確認しました。
年中ひっきりなしにお客さんがこられるそうです。
○寺田町
こちらも私が幼少期に過ごした同じ生野区にあるまちとして、多少の思い入れがあります。
ガイドは大阪あそ歩の陸奥賢プロデューサー。
あまりまち歩きでは馴染みのないエリアですので、
どこを歩くのか興味がありましたが、商店街と舎利尊勝寺を巡りました。
また、奈良街道、桑津街道といった、エリアを通る歴史街道についても説明がありました。
生野の地名の由来となった舎利尊勝寺も隠れた名刹でしたが、
なんといっても源ヶ橋温泉の印象が強かったです。

屋根に鯱と自由の女神が乗っかり、入口に源ヶ橋の橋の欄干がある
非常にユニークな造りをした現役の銭湯です。
登録有形文化財に指定されている銭湯というのはここだけだそうです。
何故、自由の女神?入浴=ニューヨーク という駄洒落
右手にかざしているのが温泉マークというのもお茶目です。

*
まち遊びにも参加しています。
○曽根崎心中
この日は5月1日。旧暦に直すと、近松門左衛門「曽根崎心中」の
モデルとなったお初と徳兵衛が心中した4月7日です。
というわけで、二人が心中に向かった道行きのルートをたどりながら、
かつて寂しいまちはずれの村だった曽根崎を歩きました。

心中の現場である露天神社(お初天神)へ到着した後は、
旭堂南稜師匠の講談で「曽根崎心中」を味わいました。
それにしても、近松の時代からのこのエリアの変貌の激しさよ、
と思わずにはいられませんでした。
○真田幸村
前日に続き、南稜師匠の講談をお聞きしました。
お題は「幸村の娘」。大阪夏の陣にまつわる話です。
豊臣秀頼が生き延びたり、徳川家康が大坂夏の陣で戦死したりと、
一見すると荒唐無稽な創り話の感がするのですが、
これを大阪城天守閣の北川央教授が歴史史料の検証を加味し、
信憑性が増すという趣向でした。
座学のあとはまち歩きで、夏の陣所縁の場所を巡りました。
解説は一心寺長老の高口恭行氏。

真田幸村戦死の碑がある安居神社では
大阪城甲冑隊も加わりました。
*
春の企画も折り返し地点に差し掛かりました。
あといくつか参加予定のコースも残っています。
また、私のガイドも2回あります。
これらについても随時レポートしていきます。
まずは、平野古陶軒の店舗があった場所に建つ和泉玉箒堂へ入りました。
この店も平野古陶軒の弟子筋です。
その後は多くの名店の中からピックアップした店を巡りました。
ちょうど、老松古美術祭が開催されている最中で、
普段は静かな商店街に、多くの人が訪れていました。

帝塚山画廊ではミニ古美術セミナーが開かれました。
この建物の5階のお茶室も素晴らしいもので、隠れた名所といえます。
私としては店名の帝塚山の謂れが気になって
画廊の社長にそのわけをお聞きしましたところ
以前は帝塚山の姫松駅付近にあったのを移転してきたということでした。
○阿倍野
ガイドは難波りんごさん。
阿倍野区も住吉区と並んで歴史が古いまちですが
まずは現代・将来の阿倍野を知ってもらうということで、
再開発地区から出発しました。
あまり知られていませんが、ここには市立の防災センターがあります。
震度7の巨大地震の揺れを体験し、防災への意識を高めてもらいました。

難波さんから古代からの上町台地を中心とした大阪の歴史と
その中での阿倍野エリアの位置づけについての概説を受けた後、
名所・旧跡を巡りました。
阿倍野墓地、聖天山、松虫塚、安倍晴明神社、阿部王子神社と続きます。
安倍晴明神社では、なにわの語り部が登場。
大阪あそ歩のチーフ・プロデューサー茶谷幸治氏でした。
茶谷さんには、安倍晴明にまつわる伝承を情感たっぷりに
語っていただきました。

○関目・千林
旭区を案内してくださったのは浜田容子さん。
市民サークル「ドキドキ考古学」の代表や、城北市民学習センターでもご活躍中の方です。
今回のルートのポイントは京街道。
大阪・京都間を結ぶ街道沿いに発展してきたまちとしての
関目・千林です。
実は私の親の実家は旭区大宮で、千林に隣接しているまちです。
ですから、子供の頃から何度となく訪れているまちだったのですが、
浜田さんの解説は初めて聞く話ばかりで、新鮮な驚きでした。
歴史的な謂れと商店街の名店めぐり。
お得感たっぷりのまち歩きでした。

↑こちらなどは地元で50年続くアイス最中の老舗の角屋さん。
私も口にしたことがあるはずですが、店の正確な場所を今回初めて確認しました。
年中ひっきりなしにお客さんがこられるそうです。
○寺田町
こちらも私が幼少期に過ごした同じ生野区にあるまちとして、多少の思い入れがあります。
ガイドは大阪あそ歩の陸奥賢プロデューサー。
あまりまち歩きでは馴染みのないエリアですので、
どこを歩くのか興味がありましたが、商店街と舎利尊勝寺を巡りました。
また、奈良街道、桑津街道といった、エリアを通る歴史街道についても説明がありました。
生野の地名の由来となった舎利尊勝寺も隠れた名刹でしたが、
なんといっても源ヶ橋温泉の印象が強かったです。

屋根に鯱と自由の女神が乗っかり、入口に源ヶ橋の橋の欄干がある
非常にユニークな造りをした現役の銭湯です。
登録有形文化財に指定されている銭湯というのはここだけだそうです。
何故、自由の女神?入浴=ニューヨーク という駄洒落
右手にかざしているのが温泉マークというのもお茶目です。

*
まち遊びにも参加しています。
○曽根崎心中
この日は5月1日。旧暦に直すと、近松門左衛門「曽根崎心中」の
モデルとなったお初と徳兵衛が心中した4月7日です。
というわけで、二人が心中に向かった道行きのルートをたどりながら、
かつて寂しいまちはずれの村だった曽根崎を歩きました。

心中の現場である露天神社(お初天神)へ到着した後は、
旭堂南稜師匠の講談で「曽根崎心中」を味わいました。
それにしても、近松の時代からのこのエリアの変貌の激しさよ、
と思わずにはいられませんでした。
○真田幸村
前日に続き、南稜師匠の講談をお聞きしました。
お題は「幸村の娘」。大阪夏の陣にまつわる話です。
豊臣秀頼が生き延びたり、徳川家康が大坂夏の陣で戦死したりと、
一見すると荒唐無稽な創り話の感がするのですが、
これを大阪城天守閣の北川央教授が歴史史料の検証を加味し、
信憑性が増すという趣向でした。
座学のあとはまち歩きで、夏の陣所縁の場所を巡りました。
解説は一心寺長老の高口恭行氏。

真田幸村戦死の碑がある安居神社では
大阪城甲冑隊も加わりました。
*
春の企画も折り返し地点に差し掛かりました。
あといくつか参加予定のコースも残っています。
また、私のガイドも2回あります。
これらについても随時レポートしていきます。








