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大阪あそ歩レポート/大阪あそ歩X大阪大学CSCD公開セミナー特別まち歩き
大阪あそ歩も3年目の秋を迎えて色々新しい試みを行っています。

今回もその一つで、大阪大学とのコラボレーションで
2日間にわたりコミュニティ・ツーリズムについて熱く語ろうと
公開セミナーを行いました。

両日ともメイン進行を大阪あそ歩の茶谷プロデューサーと阪大の森栗教授
見事な(?)コンビネーションで、まち歩きと大阪の魅力を余すところなく明らかにされました。

普段と違って座学中心でしたが、やはりまち歩きは欠かせないというわけで、
2日目の午前中は会場である阪大中之島サテライトの周辺を二人のコンビで巡りました

題して「見よ、この大阪の融合文化を」。

大阪市立科学館

建て替え工事中のダイビル横のサテライトを出発!
参加人数は約50人。通常の定員を大幅に越えております。

堂島川を渡ります。
朝日放送などが入るほたるまちの一角に
福沢諭吉生誕の地の碑があります。

中之島を行く


福沢諭吉が大阪生まれだということは
大阪の人を含め、ほとんど知られていないのですよね。

むしろ大阪との関わりは、青年期に適塾で学んだことのほうがより深く
彼の人間形成に影響を与えているといえましょう。

今回のまち歩きは諭吉の足跡をたどるというテーマもあり、
ゴール地点が適塾(その後身が大阪大学)だというのもそのことを物語っています。

そんなわけで、茶谷・森栗両氏による諭吉論が展開されました。

早速碑の前で茶谷プロデューサーが諭吉論を語ります。

福沢諭吉生誕の地碑

「天ハ人ノ上ニ人ヲ作ラズ 人ノ下ニ人ヲ作ラズ」

あまりにも有名なこのフレーズ。
茶谷氏は諭吉が中津藩蔵屋敷から適塾に通っていた時代にその思想が形成されたと類推します。

屋敷の裏は堂島新地。それこそ裃脱いで大人が遊ぶ場所です。
青年諭吉には刺激的な環境でしたでしょう。

諭吉には適塾同門で新地通いの手塚治虫の曽祖父をカツいだという実績(?)もあり、
1万円札の人格者然とした後年の風貌からは想像できないお茶目っぷりです。

新たな諭吉像の提示です。

ルートは南下し、中之島を横切って西船場へ。
船場に比べていささか場末の感が漂うこのエリアの風土論を両氏は指摘、
頼山陽など、この混沌の中から異才が生まれたと述べました。

ここでは大阪教会を訪問しました。

船場に入り、川上音二郎の帝国座跡、そして大阪倶楽部を訪れます。
大阪倶楽部では特別に内部見学が可能で、
通常会員しか入れない会議室なども入室することができました。

大阪倶楽部内部

コースはいよいよ阪大の源流たる二つの私塾に向かいます。

まずは懐徳堂。跡地に石碑が建っています。

懐徳堂跡碑

武家学問が主流の時代に、町人が資材を投じて運営したという懐徳堂。
これぞなにわ商人の面目でしょう。
かつての大阪商人は学問・文化に対しても造詣が深かった証です。

そして適塾
緒方洪庵が設立した学問所で、
幕末〜明治期に活躍する多くの人物を輩出した場所として知られています。

内部に入り、塾生たちが起居し学んだという大広間で
森栗教授が本日のまとめを行いました。

適塾内にて

画像のような雰囲気で、まさしく「陽だまりの樹
(適塾に学んだ曾祖父・手塚良仙を描いた手塚治虫の作品)ですね。
塾生もこのような雰囲気で激論を戦わせたのでしょう。

この後、午後からは再び中之島サテライトでセミナーの続きを行い
2日間の日程を終了しました。

ちなみに、今回のセミナーは「第0回大阪あそ歩適塾」と銘打ってました。
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